日本の賭博の歴史
近代以後、博徒は政府の治安政策の一環として厳しい取締の対象とされたため、表向きは別の職業に偽装する例が増える。1923年、名古屋地方裁判所に所属していた松阪広政検事(後の司法大臣)が調査したところによれば、当時の博徒の偽装には土木建築請負業者・料理店・サーカスなどの興行師の3つが典型とされ他の例は皆無とされている。これらは人の出入が激しく、かつ専門的知識を求められない従業員(子分)を多数雇用しやすい環境にあったからである。[要出典]
一方、軍馬育成への貢献を名目とした陸軍の肝いりで1936年に日本競馬会が結成され、本格的な政府公認のギャンブルが開始されるようになる。戦後、日本競馬会は国営化されて後に日本競馬協会へと組織変更され、また各種公共ギャンブルが開催されるようになった。